9月に軽井沢に黒川紀章さんの別荘だったカプセルハウスKを中心に開催した日本文化デザインフォーラム軽井沢会議。初日に議長を務めましたが、その前夜祭的なカプセルハウスKに宿泊しながら配信を行った体験について軽井沢新聞さんが掲載下さいました。是非お手にとってご覧ください。
カプセルハウスは宿泊体験しないと分からない光や時間が沢山ありますので、気になる方は是非。下記から予約できるようになっています。
これからの季節は丸窓からの紅葉が素敵そう。
展覧会詳細:
近藤高弘×山田晶-Contemporary Vessel-
9月15(木)~25日(日)
銀座WAKO 6階 セイコーハウス銀座ホール
展覧会のお知らせをいただいた時、その鮮やかな青と赤の世界にハッとしました。
会場は全体がインスタレーション作品のようでどの角度で見ても美しく、1点ずつ見ると見ごたえのある展覧会の様相。
ブルーの器は海、私はギリシアの海をまず連想しました。特に窯変のうつわは角度でキラキラと煌めき、海だけでなく天空、など様々なブルーを想起させます。手触りはつるんではなく少しテクスチュア感があるのも感覚を刺激されます。
赤い器は少しマットな質感で、塗りの器の雰囲気も感じさせます。実際に手にもってみてはいませんが塗りのようで重量は陶器というのが面白そう。
色はもちろんの事、この質感の違いがお互いの作品を引き立てあうという本当の意味で「コラボレーション」が成立している空間構成も楽しめる展覧会。(良くあるダブルネームではなく)
実際、今回は両者の作品を一つのセットとして販売するものも多く、これは2人の作家の納得があってのこと、極めて面白いケースなのではないでしょうか。
一見するとブルーと赤ですが、実は背景にはエジプトのツタンカーメン王のイメージが‥というと驚かれるかもしれません。(タイトルで「?」と思われた方もおいでかと思いますが)
実は今年はエジプトでツタンカーメン王の陵墓が発見されて100周年。当時この影響は大変大きく、エジプト・ブームが起こり、多くの分野に影響がありました。
それから100年の2022年、今回の展覧会はそのブームを現代が読み直したら、という視点から見る事ができます。
でも、何故でしょうか。
まず、近藤高弘氏の青い器はラピスラズリのブルーを希求したもの。今回これだけの数展覧会として展示されるのは実は初めて。近藤氏が考え、求めたブルーが多くの試作・思索を経て安定的に生み出せるようになったからだといいます。
初公開の近藤孝弘氏による青い器シリーズなのです。
光でキラキラと移り変わる青は本当に魅力的。
そして、山田晶氏の赤、これがツタンカーメンと関係するとは到底思えないかもしれませんが、この赤を生み出しているのは金なのだそう。
実物をしっかり見ると確かに金の要素が見えてくるのを会場で実感するのも醍醐味だと思います。
つまり、ラピスラズリのブルーと金、見た目はブルーと赤ですが、それをつくる色の要素はツタンカーメンのカラー“ラピスラズリのブルー”と“ゴールド”に他ならないのです。
100周年にツタンカーメン王を象徴するカラーがこうして器としてはブルーと赤となって日本、京都で生みだされたことは何とも興味深い事ではないでしょうか。
京都は祇園祭りもそうですが、様々な国の様々な文化を独自に自分のものとして受け入れそれを“京都の文化”としてきました。日本の文化は本来そうした受容力をもっていたわけですが、それが今でも色濃く残る場所。
共に京都出身の作家がやはり脈々と続く焼き物の世界で100年後にそこから生み出した器たちの何とも壮大なロマンさえ感じます。
そしてどちらの器も単に日常に使える器、でもある一方、それを1点ずつ見ても極めて見ごたえがあり、想像力を掻き立てるもの、作品として成り立つものという難しいけれど、実は手に入れた側にとっても最もつき合いやすい存在の器となっているのも現代的と言えそう。
近藤高弘氏の作品と聞いて、銀滴彩をまず思い出す方も多いのではないでしょうか。個人的に銀滴彩の作品としてはギメ美術館で展示されていた「坐像」の神々しさは鮮烈な体験でした。現在もギメ美術館に収蔵されています。
今回同時期(9月19日まで)日本橋高島屋『白と黒―光と影』展に銀滴彩の作品が出品されていましたが、そうした作品とアプローチの違う、あらためて“うつわ”に向き合った新たな1ページ目の展覧会が今回の「Contemporary Vessel」と言えるでしょう。。
また、これはこじつけと感じられるかもしれませんが、おりしも英国では1952年以来の大セレモニーが会期中にありました。英国の旗は赤とブルーと白。
白は会場にはありませんが、あげるならば実はこれも今年初来日から100周年なのが『瀕死の白鳥』で知られるバレエ・ダンサー、アンナ・パヴロワ。パヴロワと言えば白いチュチュで踊られる白鳥を誰もが思い出す存在で、日本でも上演されています。そう考えると100年目が多い2022年なのかもしれません。
展覧会を見た後にローズベーカリー、bills、などアンナ・パヴロワにちなんで作られたメレンゲを主体としたお菓子パヴロワを食べられるところも多いので、そんな楽しみ方も良いかもしれません。
会期は25日まで、和光の6階ですのでアクセスも良いですから、是非。
※会場は写真撮影不可ですが、許可をいただいての撮影・掲載となります。
コロナ禍で延期された2021年10月に亡くなられた『牧阿佐美 お別れの会』が2022年9月6日に芸術監督も務められた新国立劇場で開催されました。その会場にいつものように鮮やかな色のスーツでいらっしゃるのではないかと思うほどにまだ実感がありません。
そもそも、私にとって牧阿佐美先生は日本バレエ史上の人物でした。
僅かながらご縁をいただいたのは、新国立劇場バレエ研修所が創設されたことがきっかけでした。
研修所創設当時はバレエ史を薄井憲二さんが担当されており、2年目からだったでしょうか最初は何人かの担当者で自身の専門の部分を講義するというスタイルだったこともあるのですが、その後私が担当して現在に至っています。
講義が始まった頃、牧先生がご覧になるために録画させてほしいというご依頼があり、どう受け止められるだろうかとドキドキしたことを覚えています。特にその後コメントをいただくことはありませんでしたが、続けて担当の御依頼があったのでひとまず合格だったのでしょう。
牧先生はご自身のなされた大きな仕事についても決して自慢されるようなことのない方でしたが、「バレエ研修所は私が作ったのよ」という言葉は何回も耳にしました。そして、そうおっしゃるのも当然の大きな仕事だったと思います。
例えばジョルジュ(ジョージ)・バランシンはニューヨーク・シティ・バレエ団創設の依頼が来た時に、まずバレエ学校をつくらなければバレエ団は無理だとバレエ学校「アメリカン・バレエ・スクール」を作るよう求めたのは有名な話です。日本はまず新国立劇場バレエとしての公演が行われ、その後で研修所という順番でしたが、国立でバレエの教育機関ができたのは画期的な事でした。大変なご苦労があったのは想像に難くありません。
各国のバレエ学校が8年であるのに対して、最長4年のいわばフィニッシング・スクール的な存在ですが、そこから巣立ったダンサー達の活躍は近年目覚ましいものがあります。僅かながら関わっている私が言うと手前味噌と思われてしまうかもしれませんが、十分な成果を上げていることは確かと言えるのではないでしょうか。
そしてご苦労の末バレエ研修所を作った時にバレエのレッスンだけではなく、スパニッシュ、ヒストリカルダンスといった身体技法だけではなく、バレエ史、音楽史、美術史、ノーテーション、栄養学と言ったなかなか民間のバレエ学校では時間も人でもさきずらい部分を整備されたのも本当に重要な事だと思います。
これで他のバレエ学校のバレエ史に関心をもってくれるかもしれない、と思いましたがそこはKBalletさん位でなかなかバレエ教育に取り入れられないのは私の力不足かもしれず、もどかしい思いでおりますが‥。
最初にお話しがあった時、バレエ・ダンサーの卵たちにバレエ史を伝える機会がようやく訪れた!!ととても嬉しく、一方で内容についての責任があると身が引き締まるような思いがしたのを昨日の事のように思い出します。しかも前任者はお話しが面白く内容が豊か、加えてご自身が体験された「歴史」をお話しになることができるまさに「歩くバレエ辞書」のような薄井さんでしたから、同じことは不可能だけれど、充分に内容のあるものに、と準備を一生懸命し、今でも丁寧に準備し続けています。
その時点での最新情報を交えつつ、歴史を年表としてではなくダンサーも身近なものとしてとらえられるように世代によって特徴も興味もかわる生徒さん達に伝え、各々が活かせるようにと思いあれこれ盛り込んでお伝えしています。技術のようにすぐに生かせる、変わるという性質のものではありませんが、いつかどのような形かで役にたつと信じてお話ししています。
バレエを踊る人がたとえば『ジゼル』と『白鳥の湖』のどちらが古いか知らない、「ロマンティック・バレエ」の「ロマンティック」の意味をフリルとリボンの世界の「ロマンティック」だと思っているということは日本では珍しくありません。
折角その世界を生きる方たちには自分の表現、作品の理解、そして何よりバレエというものの魅力をより深くしり、楽しみ、発信するためにバレエ史はもっともっと伝わって欲しいといつも思い、微力ながら伝え続けています。
新国立劇場バレエ研修所のバレエ史という牧先生からいただいた小さいけれど大切なバトンは次の世代にもつないでいかなくては、と今回開催された偲ぶ会に出席して、改めて思いをかみしめました。
2022年9月9日