2009年に発行されたエリック・ナスランド『ロルフ・ド・マレ』

 

 

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1998年のバレエ・スエドワ公演のプログラム表紙

「バレエ・スエドワ再現上演、スウェーデン王立バレエ団プログラム表紙」(1998年、ストックホルム)

2009年に発行されたエリック・ナスランド『ロルフ・ド・マレ』

「エリック・ナスランド著『ロルフ・ド・マレ』、2009

 

◆ 2 ◆ 100周年に寄せて+今日はマレのバースデー!

 

今年はバレエ・スエドワ1920年の結成100周年です。そして本日(5月9日)はロルフ・ド・マレの132回目のお誕生日です!(1888年生まれ、1964年死去)

 

私はこの連休が終わった後、5月15日に初日を迎える『スケーティング・リンク』の再現上演のため13日からストックホルム入りする予定でした。1922年に初演されたこのアーサー・オネゲル音楽、フェルナン・レジェ美術・衣裳、ジャン・ボルラン振付の作品はストックホルム王立オペラ・ハウスで上演予定でした。

 

COVID19への対応も欧州とは違う独自路線をとっているスウェーデン、万が一の可能性を祈りましたが4月になって中止が発表されました。状況を鑑みれば仕方がない事とはいえ、私にとっては1998年から実に21年もの間待ち望んだ再現上演でしたから、心底残念なお知らせでした。

1998年6月5~13日の再現上演の際はちょうどセゾン美術館でのバレエ・リュス展が開幕中で、ギャラリートークの予定もありストックホルムへ行くことができなかったのです。薄井憲二さんがご覧になられて、左の写真の公演プログラムを展覧会会場までもって来て下さった事に大感激致しました。今でも大切にしています。

 

その時の演目は『ウィズイン・ザ・クォータ』『エル・グレコ』『ダルヴィーシュ』、『スケーティング・リンク』の4つでどれもバレエ・スエドワ作品として上演されたジャン・ボルラン振付作品。その際、『エル・グレコ』だけイヴォ・クラメール振付の新作、他は再現上演でした。薄井さんの評価はあまり芳しくありませんでしたが、バレエ・スエドワなんて世界でやっている人はほとんどいないからがんばりなさい、と励ましのお言葉をいただいたのを覚えています。

それから今年まで再演されることはなかったのです。

 

1998年のセゾン美術館でのバレエ・リュス展は私のデビュー仕事といってもいいものでしたが、その時出品作品にはバレエ・スエドワのものもわずかながら含まれていました。そこでキュレーターの一條彰子さんからの嬉しいお声がけでカタログにバレエ・スエドワについての小文「時代を駆け抜けたバレエ団 ロルフ・ド・マレのバレエ・スエドワ」が載りました。

 

ただ、実はあの文章には間違いがありました。当時はどこをどう探しても彼が高位の貴族だという事は分からず、大地主、土地改良者、という説明しか見つからず、とにかく大金持ちだったことは状況証拠から明らかだけれど素性が分からない状況だったのです。ネットも今ほど調べることが簡単ではありませんでしたし、バレエ辞典も活動については触れられたものはあっても、マレ個人については謎に包まれたままの時代でした。彼の華麗なる生涯が明らかになったのはエリック・ナスランドが書いた大著で決定書『ロルフ・ド・マレ~アート・コレクター、バレエ・ディレクター、ミュージアム・クリエーター』を待たなければならなかったのですから随分長い事かかりました。

ともあれ、今年は100周年。この機会に日本でも少しでも多くの人にバレエ・スエドワの魅力が伝わればと思ってこの連載を始めました。

 

黄信号が灯り始めてはいるものの、予定では11月にストックホルムのダンス博物館でバレエ・スエドワ展が開催されますし、日本でもバレエ・スエドワの縁があって実現した1946年初演の藤田嗣治舞台美術による『白鳥の湖』が7月18日、19日上演予定です。

実現を祈りつつ…。

 

次回は516日配信。 マレが手掛けた「世界初」とは何だったのでしょうか?