『Monsieur』の表紙

◆ 2 ◆ 世界初の男性ファッション誌「Monsieur」

マレの仕事が多岐にわたっていたことはこちら紹介してきた通りですが、こんなことも?ということもしています。

『Monsieur』というのは世界初の男性ファッション雑誌ですが、これはマレが考え創刊したものでした。経営は変わりましたが、現在も「世界初の男性雑誌」というコピーと共に出版され続けています。

https://www.monsieur.fr/

 

現在、男性ファッション誌の存在を疑問に思う人はいないと思いますが当時、女性ファッション雑誌は数々ありましたが、男性用は存在していませんでした。1900年代のダンディーが流行った時代も雑誌が流行源ではなかったのです。

マレ自身がスウェーデンでの青年時代に「ダンディ」なファッションに身を包み、身近に多くのダンディな存在がいる環境で育っていました。そして、ファッションはなくてはならないものでもありましたから雑誌の創刊は極めて自然な事でしたが、それまでなかったという事を考えると男性のファッション観という点でも極めて現代的な感覚をマレがもっていたことが分かります。

雑誌は1920年創刊、バレエ・スエドワ結成の年です。

この雑誌ではもちろん、バレエ・スエドワは雑誌にしばしば取り上げられましたし、ジャン・ボルランもモデルとして紙面に登場しています。また、美しい男特集といった企画も行われました。

男性を「美しい」とあからさまに紹介するのもこの雑誌が始めた事でした。ゲイ雑誌ではありませんでしたが、そうしたテイストは明らかに入っており、また読者は両方をまたいでいました。

 

つまり、マレは舞台芸術の世界からだけではなく、ファッションという切り口からもバレエ・スエドワを紹介しようとしていました。当時、バレエは確かに「ファッショナブル」な存在でした。

ですが、それを自覚的に切り口として見せようとしたバレエ団はありませんでした。バレエ・リュスはそのように捉えられることを否定はしませんでしたが、自らファッションという切り口で紹介させる、という発想があったとは言えません。(もちろん、すでに有名だったクチュリエシャネルデザインの衣裳のバレエ『青列車』は疑いようもなくファッショナブルなものではありましたけれど)

自らのバレエ団とその活動をどうやって見せるか、伝えるかということを熱心に、今の私からみたらとても妥当な、ただ当時では新しい切り口で紹介したというマレの側面は重要なはずです。

今だからこそ、バレエやダンスをそこに関心が必ずしもない層にどうやって届けるかという事を多くの人が考えるようになりましたが、当時は固定の観客で回していけた時代です。そうした中で、自身の活躍をより広く、多彩な切り口から紹介したマレの新しさは彼のダンス観ともつながっています。

 

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12回、お読みいただき、ありがとうございました。

まだまだ彼の人生、バレエ・スエドワの個別の活動などご紹介したいことは尽きませんが、ひとまずこちらで連載は予定通り、終了します。

8月6日、ズームトークでお目にかかります。

ご参加お待ちしております。

『Monsieur』の表紙

1920年10月号の『Monsieur』の表紙。『ディヴァーシュ』を踊るジャン・ボルランの姿を舞台袖から見ているファッショナブルな男たちが描かれている。

マレとレジェ

『スケーティング・リンク』のイメージソースの取材のために、「労働者階級」のファッションに身を包んだフェルナン・レジェ(左)、ロルフ・ド・マレ(右)

1920年に雑誌に掲載されたイラスト

1920年に雑誌に掲載されたイラスト、バレエ・スエドワのスタージャン・ボルラン、バレエ・スエドワの名がはっきりと確認できる

ジャン・ボルラン

ジャン・ボルランは『Monsieur』に登場しただけではなく、パリ、デビューの1920年には演劇雑誌『LA RAMPE』(1915年創刊)のカバー・ガールならぬ、カバー・ボーイとして登場